第1章  まことの神とは
第2章  人間の尊厳
第3章  闇から光へ
第4章  罪と死について
第5章  神からの救い
第6章  救いへの道
第7章  救われた者の恵みと祝福
第8章  キリスト教会について
第9章  生きた信仰をめざして
第10章 キリスト者として生きる
どうしてこのような世界があるんだろうか」と考えたことはありませんか。
発達してきた科学の発見によって、私たちはますます神様が生きておられることを確信させられるようになってきています。

ある外科医のお医者さんは言いました。
人間の体の神秘を説明することができるとすれば、それは神様がおられるということを認めたときだ。

愛を求めるより、愛することを選ぶ

二年前不慮の死を遂げたイギリスのダイアナ妃は、幼いときに両親が離婚し、父の再婚相手の継母とは折り合いが悪く、寂しい子ども時代を過ごしたと言われています。その時の不安や悲しみがその後の彼女の人生に影を落とし、さらに結婚当初からすでに破綻していた夫との関係に悩んだダイアナ妃は過食症に陥ってしまいます。
あれだけ美しく魅力的な女性でありながら、自分は愛される価値のない者だという強迫観念から彼女は逃れることができなくなっていました。

ある時から彼女は心理療法医に会ってカウンセリングを受けるようになりますが、そこで自分と同じような悩みを抱えている人が数多くいることを知って驚きます。
人から愛されない、必要とされないと思っている人は自分だけではないことを知ったとき、彼女の目は社会的に弱い立場にいる人々へと向けられていくようになりました。そのような折り、彼女の人生を変える出会いがあります。

敬愛するマザー・テレサに出会い、「人をいやすためには、あなた自身が傷つかなくてはなりません」というマザーの言葉に心を動かされます。その言葉を聞いてダイアナ妃は、深く傷ついた自分ゆえに人に与えられるものがあることを発見し、多くの慈善事業に従事するようになったのです。

人々から拒絶され、必要とされない人たちの内に、ダイアナ妃は自分の姿を重ねて見ることができました。彼女は、傷つき苦しんでいる人の心にふれることができた人でした。
ダイアナ妃は自分の辛い過去を嘆きながら、人から愛され慰められることを一生求めながら生きることもできたはずです。しかし、かえってそのような負の経験を生かし、人々を慰め励ます生き方を選びました。愛されること寄り合いすることを選んだとき、彼女自身もいやされ、生き生きと輝いていったのです。

「私を写す鏡」(平野耕一)より


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