Q45
クリスチャンにとって人生の目標とは何ですか
人生に目標がもてない、という人はさみしい人ですね。目標がない。私は何のために生きているのかわからない。将来に希望が持てない。というのでは元気が出てこないのも当たり前ではないでしょうか。
それでは目標を持ちましょうといって、がむしゃらにいろんな目標を掲げても、その通りにできるのかどうか。これまであなたもいろんな目標を立ててきたのではないでしょうか。お父さんやお母さんを喜ばすため、お金儲けのため、人生を楽しむため、たくさんの友達を作るため、ステキな人にめぐり合うため、人並みの生活をするため、健康で快適な暮らしをするため、
このために○○学校に行こう、○○会社に勤めよう、○○の資格をとろうというように考えることがあります。こうした考えは悪くはありませんし、大切なことであるかもしれませんが、こうしたことだけでは人生の的を外れているというのが、聖書の語っているところです。
人生の目的は、自分の故郷に帰っていくことである。あなたの真実のふるさとに帰る備えをすることである。こういうこともできるでしょう。
イエス・キリストが今から2000年前にお生まれになったクリスマスは、イエスキリストの誕生を覚えるときですけれど、私たちには確かな故郷があるということを告げ知らせる出来事が、このクリスマスの出来事です。
イエス・キリストのご生涯は、的を外れた私たちが、まことのふるさとに迎え入れられるために神様がどれほど私たちを愛してくださっているかを教えています。
イエスさまご自身が、「私が真理であり、いのちであり、道である。誰も私を通してでなければ父のみもとに行くことはできない。」と言われました。
このイエス・キリストは、私たちに道を教えるだけではなくて、その道をたどっていのちの人生を生きることができるように、私たちを導いてくださり、私たちのために必要な力を与えてくださいます。
私たちは、いろんなことを学校で、社会で勉強しますけれど、実を言うと人生において最も大切なことは、聖書以外からは聞くことができません。数学を学び、パソコンを学び、医学生は医学を学びますが、しかし誰もどこでも教えてくれない重要なことのひとつは、人間にはみんなふるさとがあるということです。
聖書はあなたに、あなたの人生に、あなたの存在に、あなたがかえるべき故郷があるんですよ、というのです。
私の故郷は岐阜県の恵那市ですよ。大井町です。瑞浪です。北海道です。ハワイです。ここでいっているのはそういう地上の故郷ではありません。天の故郷がすべての人にあるという事実です。
私たちの人生は、その天の故郷に向かって人生がある。究極の人生の目的がしっかりわかりますと、すべての問題はクリアします。
もしあなたがお仕事でもうけようということが目的であると、ある一定のもうけができたらそれで目的がなくなります。
あなたが大学に受験するということが人生の最終目的であるとすると、受験に合格したときにその目的はなくなります。何をしていいか分からない。意味を失っていくのです。
しかしもしあなたが、どんなに状況が変わったとしても、落ち込まない、最終目標がある。私はこの地上の旅は私の人生の最終目標である天国に向かって旅をしているのだ。そのように私は天国に行く備えをして、お医者さんであったり、お百姓さんであったり、商売屋さんであったり、あるいは専業主婦である、みんなそれぞれに違います。
どの人にも、私たちには帰るべき故郷がある。そこに帰るための一里塚が、私のこの世の生涯であるということを覚えたら、その過程の目標を達成したからといって、それで目標を失って、何をやったらいいか分からないということにはならないはずです。
仕事をすることも、子供を育てることも、すべてのことがみな、私たちが天の故郷に帰るその一里塚であるというふうに、人生の目標しっかりと定めている人は、どんなことがあってもそのことに振り回されることはありません。
もちろんその中で、小さな目標があってもいいでしょう。当座は学校に入るとか、結婚するとか、これくらいの利益を上げていこうとか、しかしそれはあくまでも結果であって私は豊かな人生のために、最終的な目標は神の国に行くためである。みなさんもそのような人生をしっかりとお持ちでしょうか。
イエス・キリストの生涯はそのことを私たちに知らせているのです。
しかし私たちはそのことに対して、しっかりとそのこと覚えていないと、そのことを忘れると、あるいは知らないと、何をしていいか分からない。そして小さな小さな目標に完全に振り回され、それを達するとまた戻ってしまうというわけです。
ヨハネによる福音書14章2節にはこのように言われています。
「わたしの父の家には住む所がたくさんある。」
あるいは、ヘブルの信徒への手紙11章16節には、「ところが実際は、彼らは更にまさった故郷、すなわち天の故郷を熱望していたのです。」
私たちもこの天の故郷のことをしっかりと覚えていきたいものです。
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